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食べたくなる本

青山ブックセンターで何気なく手に取った、気鋭の映画評論家による、世に数多有る料理本への批評をまとめた一冊が、存外に素晴らしく、幸福感で胸がいっぱいです。 美食家でも、料理人でも、料理研究家でもない著者が、「料理本」批評という形を借りて、マクドナルドも自然派ワインも等価に嗜むという大衆的な立ち位置から、謙虚に、朴訥に、素直に、現代の食という分野を掘り下げていくのですが、その徹頭徹尾ニュートラルな筆致にいたく共感してしまうのです。 まずもって、1976年生まれで父親がコカコーラに勤め、文字通り大量生産大量消費社会の申し子であることに自覚的で、高度に近代化したシステムの恩恵に預かって成長してきた事実を棚に上げることをしない態度に好感を抱きます。 原発事故に端を発した食の安全にまつわる狂乱、高まるばかりのオーガニック志向、寄せては返すファッションフードの波など、昨今の食のトピックスに対する極めて冷静かつ優しさが溢れる考察は、食に関して何となく漠然と脱産業主義、自然派志向に傾倒しつつあった自分にとって、冷や水を浴びせられるような読書体験となりました。 中でも、原発事故後の福島県内における食の混乱を綴った章は白眉。 「わが子に福島県産の食べ物を与えていいか悩む母親の記事のすぐ隣では、安全な野菜を作ってふたたび売るために奮闘する地元農家の活動が紹介される。両者をともに身近で知るものが、極端な意見に傾くことはあり得ない」という一節が強烈で、この本の立ち位置を象徴するかのようなパンチラインだと勝手に思っています。 食の分野に限らず、ある対象について、謙虚に知ればしるほど、勉強すればするほど、当事者らに話を聞けばきくほど、どちらが正解とか、どちらが尊いだとか、簡便な答えを導くのが難しくなるのは必然ですよね。 自然農法も循環型も疑いようなく素晴らしい思想と手法ではあるけど、これまでの社会を下支えしてきた、添加物を使ったジャンクフードや工業食品が自明のものとして悪と言い切れるのか。 有機栽培で添加物を使わず、徹底的に自然に負荷をかけずに作った自然派ワインを東京で僕らが楽しむためには、それを適切な状態で管理し輸送するための高速道路やトラックの使用が前提として避けられないわけで、そうした矛盾や欺瞞に自覚的であることは確かに大事なスタンスだと気付かされます。

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